ポエカフェ 上田敏編

うぉぉぉー。書いたつもりになっていてた上田敏。今日、ぴっぽさんにいわれてえ????となった私。だが、途中までは確かに書いたのにどこにいったんだぁー!
1874年築地生まれ。この人、学生の頃からすごい。17歳で仲間と作り始めた「無名会雑誌」を5年も続けたというのがすごい。今の雑誌業界で5年持たない雑誌のなんと多いことか。
19歳でシェリー・バイロンなど翻訳した詩を発表って・・・
21歳の時には日本に初めて新ベルギー文学を紹介する。
24歳で東京帝大英文学部を卒業し、大学院へ。小泉八雲に「英学生として、10000人に一人の傑出した才能」といわしめる。
28歳の頃にはダンテ作品など翻訳作品を次々に出版。文壇を席巻。
当時、非案と賞賛の渦中にあった与謝野晶子の「みだれ髪」を上田敏は批評し、優れた鑑賞眼を示したらしい。「みだれ髪」とセットで読んでみたくなるなあ。
30歳で八雲の後任として東京帝大文科大学の講師に。
32歳 たっくんこと(誰や)石川啄木の処女詩集「あこがれ」に序詩「啄木」を献ずる。
そしてあの「海潮音」が出版されたのがこの年なのだ。
この本があまたいる詩歌人を圧倒したことはいうまでもない。
だってすごいよ。大木実とかがこの本を持って出征したり、持っていけない人はメモして、戦争のさなかでもこっそり読んだというんだから。
兵隊として出征しろといわれたら、私はどの詩人のどの詩をメモしていくだろう。
近代詩史上にて象徴詩時代を確立させた。

34歳の頃、外遊します。どんな思いで外遊したのだろう。実際に海外をこの目で見て、わくわくなんてものではなかっただろうね。
36歳、深川で開催されたパンの会に出席。熱狂的な歓待を受ける。
パンの会についてはぴっぽさんに質問すれば10倍の熱心さで返してくれること間違いなしです。
37歳、彼の半自叙伝ともみられる小説「うづまき」これもぜひとも読んでみたい。
ポエカフェで取り上げた詩人をポエカフェで堪能した後って、自叙伝とかエッセイを無性に読んでみたくなって、しばらくは古本屋でも上田敏、敏、敏様はどこだーというトリツカレ症候群になるのだ。
43歳で永眠。戒名は森鴎外がつけたというから、この人の海外文学を日本に広めてきた功績のすごさといったらはんぱない。
ディカプリオの「太陽と月に背いて」でランボーを演じたディカプリオ。ディカプリオの初期の作品が話題になったが、私はディカプリオの作品だと「バスケットボール・ダイアリーズ」を一押しである。子供の頃のディカプリオはすごいのだよ、ワトソン君(笑)
山のあなた」は高校の教科書に載ってましたと会場が盛り上がり、え?そんなのなかったような・・・(載ってたらすんません、母校よ)
次にあげる詩はとっても朗読したくなる
印度古詩
きみがまなこは青蓮に
きみが皓歯は茉莉花
いいでしょ、このテンポいい、出だし。そして、最後の二行がまたいいぞ
葉にこそあれと、思へども思へども、
石にも似たるその心

次回のポエカフェは24日で堀口大學なんだけど、ランボオの酔ひどれ船という詩を堀口、金子光晴上田敏の3者が訳したものがテキストにあり、対比できたのも面白かった。伝言ゲームとかでも最後は全然違うものになったりするけど、同じ外国の文章をみてもこんなに訳が違うのかと・・・だからこそ面白いのだね。
ポエカフェフードのマロンパイが絶品。今までのポエカフェフードだと
一位はくしゃまんべの油揚げアボカド丼。そして二位がこれだ!