珈琲&煉瓦のポエカフェ、第66回!

本日、第66回目となるポエカフェはコーヒー&煉瓦というテーマでの入門編なのだ。自己紹介はおいらとコーヒー。もしくは僕と喫茶店。あるいはわらわと煉瓦の3択で、なかなか面白かったなり。というのもポッカの元社員さんがいて自販機の珈琲の歴史などをちらっと伺えたり、珈琲は喫茶店でしかのまへんぞというお方もいたり(笑)
コーヒーと煉瓦の歴史がテキストにみっしり。きsss
珈琲の起源は諸説あれど6世紀、古代アビシニア(現エチオペア)のヤギ飼い詩人カルディからというのが有力。池袋にもあるあのカルディはここからきてるとな!最初の頃はまだ液体ではなく、緑の木の葉と赤い実をヤギが食べ、興奮していたのをみて人間も食べると疲れが吹き飛び、気分が爽快になったのが始まりだそうな。
10世紀あたりになるとアラビア諸国から欧州へと広まっていく。昔はメッカの地方長官が珈琲禁止令を出したものの、当時のエジプト国王が珈琲大好きで、けしからんとばかりにこの長官を処刑し、撤回されたというから面白い。珈琲弾圧がこの珈琲史の中に幾度か出てきて、あぁ、そんな時代の人間じゃなくてよかったぜ。珈琲が麻薬的な存在だったようだ。
イギリスではコーヒーハウスなるものが流行る。だがここに入れるのは男だけ。政治や文学を論じて、ビジネスを展開し、ちっとも家に帰らん男どもに切れた妻たちが閉鎖を求める嘆願書を出したとか・・今でいうなら行きつけの居酒屋というとこか。
さぁ、そして日の丸ジャパンに伝わったのが江戸時代初頭の長崎出島でやんす。
最初は拒否反応を示していた日本人だが明治になると受け入れられてくる。まずは一握りの上流階級のみやけど。最初の本格珈琲店は上野の「可否茶館」だそうな。
日本での珈琲文化の先駆けはポエカフェに欠かせない「パンの会」だそうな。まさか今日も出てくるとは・・恐るべしパンの会。
でカフェープランタンやらカフェーライオンができ、水野龍氏が作った「カフェ・パウリスタ」が誰でも気軽に入れる喫茶店として浸透する。
1920年代に1杯10銭で喫茶店ブーム到来の日本。
1950年後半にはジャズ喫茶やら歌声喫茶名曲喫茶となんたら喫茶のブームが押し寄せてくる。
1959年談話室滝沢が東京都内に開店し高級喫茶の先駆けに。珈琲なんと1杯1000円!
1960年後半から純喫茶流行。70年代になるとゲーム喫茶なるもの流行る。行ってはないですがあれです、インベーダーとかですよ。
80年代にドトール誕生。シアトル系のスターバックスなどが進出してきたのはついこの前の90年代なんざます。
書店と同様に数の減ってきている喫茶店の黄金時代は80年代。
1981年に154630店舗あったのに2009年には77036店舗に減少。
喫茶伯剌西爾とかね、ずっと残ってほしい喫茶店です。
さ、お次は足の上に落とすとえらいことになる煉瓦。
寒い地域や乾燥地域の外壁として大活躍の煉瓦。悲しいかな、地震大国でおまけに梅雨なんていうじめじめ大国の日本には向いてないんだな、これ。
世界最古の煉瓦は紀元前7500年頃のシュメール文明でちゃんとちゃんとの味の素ではなく日干し煉瓦なのである。
古代中国では日干し煉瓦をげきと呼ぶ。538年百済から仏教が日本へ。これ以後東洋の煉瓦である「せん」の技術も伝えられる。
そして日本には1549年ザビエル君が鹿児島へキリスト教を布教。南蛮文化の一端として煉瓦も伝えられる。
1857年江戸幕府がハー・ハルデスというオランダ人の将校を招いて長崎
鎔鉄所(竣工時に製鉄所と改称)を着工。国産第一号の赤煉瓦を焼成
浅草のシンボル「凌雲閣」などもあったが1922年の関東大震災でことごとく煉瓦の建築物が大破。以後、鉄筋コンクリート時代へと突入。
富岡製糸場、東京駅の赤煉瓦、立教大学も赤煉瓦校舎でしたな。
さぁ、詩へいきますぜ
まずはパンの会で飲んだくれてばかりいた吉井勇

珈琲の濃きむらさきの一碗を啜りてわれら静こころなし

これむらさきとあるんだけど、醤油もむらさきっていうよね。ということでこれは何色やねんとポエカフェでも喧々諤々となる。

長いんではしょるけど是非とも読んでほしいのが尾形亀之助の「机の前の裸は語る」抄

本を発行する側がお金をあげるからこれを読んでくれとなるべきではないかとか、積読してる人や本好きな人に喧嘩を売ってるようなくだりがたまらなく面白い。亀之助の散文は要チェックと師匠がおっしゃってました。ここ重要あるよ。

お次は茨木のり子
「食卓に珈琲の匂い流れ」
インスタントのネスカフェを飲んだのはいつだったかと
生活感あふれる詩がいい。
珈琲らしい珈琲がのめる時代になってきたと平和になってきた、生活がちょっとはましになってきたと感じられる。第二次世界大戦中は敵国飲料ということで輸入停止されていた珈琲。何もかも奪ってゆくのだなあ、戦争は。

さぁ、お次はポエカフェでめったくたにKOされた啄木君であります
春の雪
銀座の裏の三階の煉瓦造りに
やはらかに降る

いやぁ、借金まみれの精神がなしえる短歌とは思えない(笑)
春の雪ときて、ラストがやはらか。あぁ、美しい。見事である。
啄木の私生活とは大違いである。

今度は田村隆一。「毎朝 数千の天使を殺してから」という詩も長くて
省略するけど、全部読んでみたい気になる詩なのだ。
少年には数千の天使の顔が見えるというのに
と。俺が信用しているのは株式欄だけと、少年の朝と俺の朝はどこが違うんだよと皮肉っている。

三重出身の竹内浩三もいいぞ。
「東京」
東京は冷い町だ
レンガもアスファルト
笑わずに

だから東京では漫画やオペラが要るんだよと結んでいるのだ。
高円寺に15もの行きつけの喫茶店をもち、姉上さまに仕送りさせて遊んでいた浩三。説得力ないですな(笑)

サンドバーグの「煉瓦職人の恋」も味わい深い。

ふられた女性に対する詩で自殺まで考えたとどきっとするような文で始まるのだが、最後には
だがもう気にはしない。俺は前よりもきちんと煉瓦を積み、まい日
こてを使いながら、前よりもゆっくりと歌を歌う、と。
ドラッグストアの経営者に乗り換えた女性への恨みが書いてあるんだけど
俺は俺で自分の仕事を頑張るよと前向きなのがいい。

今回のポエカフェフードは横浜の霧笛楼のロールケーキ、あぁ、今回もすごっく美味しかったです。